生きていると、不安、悲しみ、怒り、焦りといった不快な感情に襲われることが必ずあります。
現代社会では、常に前向きでポジティブであることが良いことだとされがちです。
そのため、ネガティブな感情を抱くこと自体を失敗だと捉え、私たちはつい、その感情を消し去りたい、コントロールしたいと願ってしまいます。
しかし、少し立ち止まって考えてみると感情をコントロールしようとすればするほど、かえってその感情にとらわれ、苦しくなってしまった経験はないでしょうか。
忘れようとすればするほど、そのことばかり考えてしまうのが人間の心の仕組みです。
今回は、不快な感情を敵に回さず、あるがままに受け入れるアクセプタンスの真意と、それを日常で実践するための具体的なメタファーやエクササイズを詳しくご紹介します。
アクセプタンスの本当の意味

アクセプタンスという言葉を日本語に直訳すると、受容となります。
これを聞くと、つらい現状をただひたすら我慢することや、どうせ無理だと諦めることをイメージする方が多いかもしれません。
アクセプタンスはそのような消極的な姿勢とは全く異なります。
アクセプタンスとは、不快な感情や思考を変えようとしたり、避けようとしたりせず、ただそこにあることを許容する能動的な心理的プロセスです。
嫌な感情を心の中から追い出すのではなく、自分の中にその感情が居座るための広大なスペースを作ること。
感情に対して、これは良い感情、これは悪い感情といった評価を下さず、
ただの心理的な波として、あるいは天気のようなものとして観察すること。これがアクセプタンスの本質です。
私たちは不快な体験を避けようとするあまり、本当に大切にしたい趣味や仕事、大切な人との人間関係を無意識のうちに避けてしまうことがあります。
これを心理学では体験的回避と呼びます。
感情と戦うのをやめ、アクセプタンスのスキルを身につけることで、感情の波に飲み込まれず、自分が本当に進みたい方向へとエネルギーを注げるようになります。
感情との戦いを手放すためのメタファー
アクセプタンスは論理的な理屈で理解しようとするよりも、イメージや例え話を通して感覚的に捉える方がはるかに効果的です。
ここでは、ACTのセッションでよく使われる代表的なメタファーを3つ紹介します。
【底なし沼のメタファー】

あなたが誤って底なし沼に落ちてしまったと想像してください。
パニックになり、激しくもがいて抜け出そうとすればするほど、体は深く重く沈んでいきます。
沼から抜け出すための最も有効な方法は、もがくのをやめ、手足を大きく広げて沼の表面に体を横たえることです。
不快な感情もこれと同じです。
不安や恐怖という沼から抜け出そうと激しくもがくほど、私たちはその感情に深く沈み込んでしまいます。
アクセプタンスは、もがくのをやめて手足を広げ、感情という沼の上に静かに浮かぶような状態を指します。
【招かれざる客のメタファー】

あなたが自宅で素晴らしいパーティーを開いているとします。
そこに、絶対に呼びたくなかった、態度が悪くて声の大きな不快な隣人が勝手に入ってきました。
あなたはその客を追い出そうと玄関で取っ組み合いの喧嘩を始めます。
しかし、喧嘩をしている間、あなたは自分が主催したはずのパーティーを楽しむことができません。
もし、その不快な客がリビングの隅に座っていることをただ許し、あなたは他の大好きな友人たちとの楽しい会話に戻ったとしたらどうでしょう。
客の存在は気になりますし、決して心地よくはありません。
しかし、客を追い出すことにすべての時間とエネルギーを費やすのではなく、本来の目的であるパーティーを楽しむことはできるようになります。
この不快な客こそが、私たちの心の中に突然現れる不安や悲しみなどの感情です。
【モンスターとの綱引きのメタファー】

あなたと巨大なモンスターが、底の見えない深い谷を挟んで綱引きをしています。
モンスターはあなたの不安や恐怖の象徴です。
あなたが一生懸命に綱を引っ張ってモンスターを谷に落とそうとすればするほど、モンスターも強い力で引き返してきます。
永遠に終わらない苦しい戦いです。
この戦いを終わらせる一番簡単な方法は何でしょうか。
それは、モンスターを倒すことではありません。
あなたが握っているその綱から手を放すことです。
モンスターはまだ谷の向こうにいるかもしれませんが、あなたはもう綱引きの苦労から解放され、自由に歩き出すことができます。
日常で実践できるアクセプタンスのエクササイズ
メタファーでイメージを掴んだとしても、いざという時に感情の波に飲み込まれてしまうのが人間です。
そこで、日常的にできる具体的なエクササイズをいくつか紹介します。
少しずつ練習することで、心の筋力のようにアクセプタンスの力は鍛えられていきます。
【感情にラベリングをする】

心の中に不快な感情が湧き上がってきたら、それに名前をつけて客観視する練習です。感情と一体化するのではなく、観察者になるための第一歩です。
◼️今、自分の中に不安という感情があることに気づいている。
◼️私の心は今、怒りという物語を一生懸命に作り出している。
◼️胸のあたりに、モヤモヤとした重い感覚があるのを感じている。
このように言葉にすることで、自分が感情そのものではなく、感情を観察する器であることを実感することや感情と自分の間に少しだけ安全な距離を置くことができるできます。
【スペースを広げる呼吸法】

不快な感情や身体の痛みを感じたとき、それを無理に押し込めるのではなく、その周囲に空間を作るイメージを持つエクササイズです。
◼️静かに目を閉じて、体のどこに不快な感覚があるかを探ります。胸のつかえ、胃の重さ、肩の緊張などです。
◼️その感覚がある場所に向かって、直接空気を送り込むようなイメージで深くゆっくりと呼吸をします。
◼️息を吸うごとに、その感覚の周りに新しいスペースが広がっていくのを想像します。
◼️その感覚を消そうとするのではなく、ただそこに居させてあげるための心地よい部屋を作ってあげるイメージを持ちます。
【感情の物質化】

目に見えない感情を、具体的な形のあるものとして想像することで、感情との関わり方を変えるテクニックです。
◼️今感じている不快な感情を、頭の中でひとつの物体として思い描きます。
◼️それはどんな形をしていますか。丸いですか、それともトゲトゲしていますか。
◼️どんな色をしていますか。暗い色ですか、明るい色ですか。
◼️どれくらいの重さがありますか。鉄のように重いですか、羽のように軽いですか。
◼️表面はザラザラしていますか、それともツルツルしていますか。
このように感情をひとつの物体としてじっくりと観察すると、不思議と感情の持つ圧倒的な支配力が弱まっていきます。
それはもはやあなたを脅かす正体不明のモンスターではなく、ただそこにあるひとつの物体へと変化するからです。
アクセプタンスの先にある価値ある人生

ここまで、アクセプタンスの考え方や具体的な練習方法についてお伝えしてきました。
最後にぜひ心に留めておいていただきたいのは、アクセプタンスは決して人生のゴールではないということです。
私たちが不快な感情を受け入れるのは、悟りを開くためでも、何にも動じないロボットのような人間になるためでもありません。
感情との無駄な戦いを終わらせて余った大切なエネルギーを、自分が本当に大切にしたいことへ向けるためです。
あなたはどんな人間でありたいですか。誰を大切にして生きていきたいですか。どんな人生を歩みたいと願っているでしょうか。
不快な感情という招かれざる客を心のリビングに座らせたまま、あなたはあなたの人生という素晴らしいパーティーを存分に楽しむことができます。不安を抱えたまま、新しい挑戦を始めることができます。
悲しみと共にあるまま、誰かに優しくすることができます。
次に強い不安や焦りを感じたときは、どうかこのアクセプタンスの考え方を思い出してみてください。無理に追い出そうと戦うのではなく、ただそこに居場所を作ってあげる。
そこから、あなたの価値観に沿った新しく豊かな一歩が踏み出せるのではないでしょうか。