発達段階について提唱している人は多く存在し、いずれの人の段階の考え方も昨今の発達支援の中で役立つものが多く敬意を示さなければなりません。
発達段階のように成長に合わせた行動や特徴などがある程度定まっているものがあると、アセスメントとしても考えられるため言語指導の中で用いることが多いです。
そのような数多くある発達段階の内、今回はエリザベス・ベイツ (Elizabeth Bates)が提唱した乳幼児のコミュニケーション発達段階について話をしていきます。
乳幼児のコミュニケーション発達段階
ベイツは各段階で子どもの意図や手段がどのように変化し、コミュニケーション行動がどのように高度に進んでいくかを明確にしていきました。
その発達段階として聞き手効果段階、意図的伝達段階、命題的伝達段階、言語期に分けました。
聞き手効果段階(Perlocutionary Stage;0~8か月頃)
これは意図がまだ明確でない段階です 。
乳児は自分では伝えたい意図を持たずに行動しますが、その行動が周囲の大人に影響(効果)を与える段階です。
例えば、生理的な泣き声や笑顔、喃語(クーイング)など乳児の発する声や表情に対し、周囲の養育者はそこに何らかの意味を見出し、「お腹が空いたのかな」「あやしてほしいのかな」と乳児の行動を意図あるメッセージとして解釈して反応します 。
乳児自身はまだ「伝えよう」という明確な目的意識は少ないですが、大人が笑いかけたり、あやしたりする応答を繰り返し経験することで、徐々に「自分の行動が相手に働きかけを起こす」ことを学んでいきます。
この時期には、大人とのやりとり(相互作用)が成立すること自体が重要です 。
例えば、乳児が「あー」「うー」と声を出すと大人が微笑んで話しかける、といったやりとりが多く、こうした反応の積み重ねによって、乳児は次第に自分の声や動きで相手の行動を引き出せることに気づき始め、コミュニケーションの基礎的な感覚が育まれます 。
意図的伝達段階(Illocutionary Stage;8~12か月頃)
生後8~9か月頃になると乳児に明確な意図が芽生え、意図的に相手に働きかける段階に入ります 。
この段階では、乳児は何らかの非言語的手段(声の調子や身振り)を使って自分の欲求や関心を伝えようとします。
つまり、「伝えたい」というコミュニケーションの意図が成立してくるのです 。
例えば、欲しいおもちゃがあると指差しや手を伸ばして大人に取ってもらおうとしたり、抱っこしてほしい時に両手を挙げたりします。
また、興味のある物を見つけるとそれを大人に見せる(見せる/ショーイング)ことや、大人の注意を引くために指差すこともあります。
ベイツは、こうした乳児のジェスチャーを機能によって区別し、要求のためのジェスチャー(プロト・インペラティブ:欲しい物に指差しや手を引くなど)と、注意・興味の共有のためのジェスチャー(プロト・デクララティブ:面白い物を指差して大人にも見せようとする)に分類しました 。
この時期の乳児は、相手(大人)を自分の目的達成の手段として利用できることに気づいており 、欲求を満たしてくれる存在として大人に注目するようになります 。
例えば、棚の上のおもちゃを取ってほしいとき、大人の方を見てから棚を指差すといった行動を見せます。これにより乳児は人と物とを交えた三項関係(共同注意)を形成し始め 、相手の視線や表情を自分に向けさせたり、自分と対象に交互に向けたりすることで意思伝達を図ります 。
この段階では発話(有意味語)はまだ出現していませんが、乳児の発する喃語や声調、視線の使い方が意図的になり、大人もそれに応じて適切に反応するため、伝達は徐々に双方向のやりとりとして安定してきます 。
なお、明確な意図はありますが言語は使われていないため、大人には「何か伝えようとしている」ことは分かっても「何を伝えたいのか」内容が不明確なことも多々あります 。
乳児は理解してもらえるまで動作を繰り返したり、より強い声を出すなどして意図が通じるよう工夫や粘り強さも見せるようになります 。
命題的伝達段階(Locutionary Stage 初期;12~18か月頃)
生後1歳前後になると初語(はつご)が現れ、コミュニケーション手段に「ことば」が加わります 。
最初に出てくるのは「マンマ(食べ物)」「ブーブ(車)」「バイバイ」など、身近な人や物、動作に対応した単語が多いです。
例えば、乳児が「マンマ!」と言えば、周囲の大人は文脈から「お腹が空いたのかな」と判断します。
この時期の子どもはことばとジェスチャーを組み合わせて意図を伝えることが多く 、発語に指差しや差し出し、視線合わせなどの非言語手段が伴います 。
単語だけでは伝えきれない部分をジェスチャーや表情で補完し、周囲の大人もそれらの手がかりから意図を汲み取ります 。
例えばコップを指差しながら「マンマ(飲み物)!」と言えば、「飲み物が欲しい」という要求だとわかります。このように単語と非言語サインの複合的な伝達が行われ、乳児の伝達内容はより明確になってきます 。
しかし単語でのやりとりでは曖昧さも残り、発語した言葉の字義通りの意味と子どもが本当に伝えたい意図が食い違う場合も少なくありません (例えば子どもが「バイバイ」と言いながら扉の方を見るとき、単に手を振っているのではなく「もう部屋から出たい」の意図かもしれない、等)。
周囲の大人は引き続き文脈やジェスチャーを手がかりに解釈し、子どもの意図を汲み取ります。
この頃になるとやりとりの長さも延び、子ども自身が主導権をとって大人と遊ぶ場面も出てきます 。
つまり、子どもが「自分から伝え、相手が応じる」という一連のコミュニケーション行動を主体的に楽しめるようになってきます。
これは言語的コミュニケーションへの移行期であり、言語(音声語)というシンボルを用いて意図を表現する最初の段階ということにもなります 。
言語期(Locutionary Stage 後期;18か月~幼児期)
乳児期後半から幼児期にかけて、コミュニケーションは本格的に言語を用いる段階へと進みます 。
およそ1歳半~2歳頃になると語彙が飛躍的に増え、二語文(三語文)を組み合わせて話します。例えば「ママ 来た」「もっと ちょうだい」など簡単な文で要求や出来事を伝え、徐々に文法的な構造も現れ始めます。
この段階では、ことばが主要な伝達手段となり、子どもは過去や未来の出来事について話したり、見聞きしたことを報告したり、簡単な質問をしたりと、伝達できる内容の幅が広がります。
また言語を使った会話的なやりとり(順番交替して話す応答的会話)が可能になり、コミュニケーション行動は一層社会的・双方向的なものになります 。
例えば2~3歳児になると「どうして○○なの?」と質問したり、大人の質問に言葉で答えたりするなど、意図の伝達が会話の文脈で行われる段階になります。
発話行為そのものが成立し、子どもは自分の意図を言語というシンボルで表現し、相手に効果を与えるという、一連のコミュニケーション行為を習得します。
このようにして乳幼児のコミュニケーション能力は、非言語から言語へと連続的に発達し、伝達できる情報量と質が飛躍的に向上します。
まとめ
以上のように、ベイツの乳幼児コミュニケーション発達段階論は、乳児が生後徐々に「意図のない伝達」から「意図のある非言語伝達」を経て「言語を用いた伝達」へと発達するプロセスを明らかにしました。
それは単に語彙や文法が増えるという意味だけでなく、他者に自分の心的状態を伝えようとする意図の芽生えと、そのための手段の獲得という観点からコミュニケーション発達を捉えた点に特徴があります。
ベイツの研究と理論は、以後の発達心理学と言語獲得研究に大きな影響を与え、乳幼児期の相互作用やジェスチャーの重要性、認知と言語の結びつきなどについて多くを示しました。
乳幼児はこのように段階的にコミュニケーション能力を発達させ、やがて言語を駆使して複雑な意図や意味を伝えられるようになっていきます。
各段階で見られる行動の例や特徴を理解することで、周囲の大人は適切な関わり方(例えば、まだ意図がはっきりしない段階では積極的に反応してあげる、意図的なジェスチャーが出てきたらそれにことばを添えて教える等)を工夫でき、子どものコミュニケーション発達を効果的に支援することもできます。