子どもたちは、毎日の生活や遊びの中でことばをたくさん使います。
家庭での会話や友達とのおしゃべり、先生とのやり取りなど、どれも大切な経験です。
しかし、学校の学びの場で使われる「ことば」と、日常生活で使われる「ことば」には大きな違いがあります。
これらは、それぞれ「学習言語」と「生活言語」と呼ばれます。
この考え方を提唱したのは、カナダの教育学者ジム・カミンズであり、日常生活での会話に必要な能力をBICS(Basic Interpersonal Communicative Skills:生活言語能力)、学校での学習や論理的思考に必要な能力をCALP(Cognitive Academic Language Proficiency:学習言語能力)と名づけました。
どちらも「言語」ですが、使われる場面も、身につけるまでの時間も大きく異なります。今回はそのようなお話

生活言語とは
生活言語とは、家庭や友達同士での会話など、日常的なコミュニケーションの中で使うことばです。
たとえば「それ取って」「これ、おいしいね」「明日遊ぼう」といった、短くて具体的なやり取りが中心です。
身振りや表情、周囲の状況などの手がかりが多く、文法が少しくらい崩れても意味が通じることが多いのが特徴です。
生活言語は、子どもたちが自然なやり取りの中で身につけていくものです。
外国に移住した子どもであっても、友達と遊ぶうちに、数年のうちにその国の生活言語を使いこなせるようになることが多いといわれています。
これが所謂「生活の中で育つことば」とも呼ばれます。
学習言語とは
一方の学習言語とは、学校の授業や教科書、レポート、テストなど、学びの場で使われることばです。
文章で説明したり、理由を述べたり、意見をまとめたりするための、より論理的で抽象的な表現が必要になります。
たとえば算数の「足す」「平均」、理科の「蒸発」「観察」などは、家庭の会話ではあまり使われない語です。
また、学習言語では「なぜそうなるのか」「どんな結果が得られたのか」といった論理的な構成が求められます。
文の中では主語や述語を省略せず、明確に表現することも重要です。
このように、学習言語は「教科学習に使うためのことば」であり、教育を通して少しずつ育てていくものとなります。
生活言語と学習言語はどう違うのか

生活言語と学習言語の一番の違いは、「文脈の支え」があるかどうかです。
生活言語は、目の前の状況や相手の表情など、たくさんの手がかりに助けられて理解できます。
たとえば「それ取って」と言えば、相手が何を指しているかすぐに分かります。
ところが学習言語では、そうした文脈の助けがありません。
文章だけで意味を伝える必要があるため、正確な語彙や構文を使わなければなりません。
「それ」「これ」といった指示語はあまり使えず、「この資料に示されたデータから〜が分かる」といったように、文だけで内容が通じるように書く力が求められます。
語彙の面でも、生活言語は「パン」「犬」「おいしい」など身近で具体的な言葉が多いのに対し、学習言語では「成長」「要因」「比較」「仮定」といった抽象的・専門的な語が増えていきます。
文の長さも複文構造が多くなり、文と文のつながりを意識する力が必要です。
「会話ができる=勉強ができる」ではない
特に日本語を第二言語として学んでいる子どもや、家庭で使う言語が異なる子どもの場合、生活言語と学習言語のギャップが大きな課題になります。
多くの子どもは、学校生活を始めて2年ほどで友達と日本語で遊んだり話したりできるようになります。
つまり、生活言語は比較的早く身につきます。しかし、学習言語はそう簡単には身につきません。カミンズによれば、学習言語を十分に使いこなせるようになるには5〜7年ほどかかるとされています。
そのため、見た目には「日本語が流暢に話せている」のに、教科の内容が理解できない、文章が読めない、作文が書けないといったことが起こります。教師や周囲の大人が「もう日本語は大丈夫だ」と判断してしまうと、必要な支援が打ち切られてしまうこともあります。
実際には、日常会話ができることと、学習内容を理解できることはまったく別の力となります。
学習言語を育てるには
学習言語は、時間をかけて意識的に育てていく必要があります。そのためには、学校や家庭で次のような支援が大切です。
① 語彙を丁寧に教える
授業で使われる言葉の中には、子どもたちが日常で使わない語彙が多く含まれます。「足す」「結果」「比較」「理由」など、学習で使う語を一つずつ丁寧に教えていくことが、学びの理解につながります。意味を絵や実物で示したり、具体例と一緒に使ってみたりすることで、子どもの頭の中に「学習語彙」を蓄積していくことができます。
② 文章で考える力を伸ばす
「なぜそう思うのか」「どうしてそうなったのか」を文章や口頭で説明する練習を重ねることも大切です。授業中に「理由を言葉で説明してみよう」「まとめの文を書いてみよう」といった機会を増やすことで、学習言語の構成力が育ちます。
③ 見える形で支援する
学習言語は抽象的なため、言葉だけでは理解が難しい場合があります。図や表、写真、ジェスチャーなど、視覚的な支援を使うことで、子どもたちは言葉と内容を結びつけやすくなります。
④ 母語を活かす
母語の力は、第二言語の学習にも良い影響を与えます。家庭で使う言葉を大切にし、母語で本を読んだり説明したりすることが、学習言語の土台を支えます。言葉の「考える力」は言語を超えてつながっているのです。
まとめ
学習言語と生活言語は、どちらも子どもにとって大切な「ことばの力」です。生活言語は毎日のやり取りの中で自然に育ちますが、学習言語は意識的な支援と時間が必要です。見た目には流暢に話せる子でも、教科学習の中ではことばの壁に苦しんでいる場合があります。
「話せる=理解できる」とは限らない——この視点を大人が持つことが、子どもたちの学びを支える第一歩です。学校や家庭での支援を通して、子どもたちが「ことばで考え、ことばで学ぶ力」をゆっくりと育てていくことが大切です。