「正しさ」よりも「伝わる」を考える/実用的・語用論的アプローチ【医療・福祉・教育】

臨床場面や教育場面などでの対人援助の仕事をしている人はこのようなお悩みはないでしょうか。

「「リンゴ」「時計」などの呼称テストは満点に近いのに、日常会話になると言葉に詰まり、コミュニケーションが途絶えてしまう。」
「語彙数は多く難しい言葉も知っているのに、お友達とのやり取りが噛み合わず、トラブルになってしまう。」

ここで共通する課題は、「言語形式(文法や単語の正確さ)」と「語用論(実際の場面で適切に使う力)」の乖離です。

本記事では、言葉の「正しさ」よりも「相手に意味が伝わること」を最優先する実用的・語用論的アプローチ(Pragmatic Approach)について、代表的な手法であるPACEを中心に、成人・小児それぞれの視点からエビデンスを交えて解説します。

語用論的アプローチの代表格「PACE」

PACE(Promoting Aphasics' Communicative Effectiveness)は、1978年にDavisとWilcoxによって開発された手法です。
最大の特徴は、治療者が「先生」として教えるのではなく、対等な「会話のパートナー」として関わる点にあります。

PACEの4原則と実践方法

以下の4つのルールを守りながら、手元にある絵カードなどの情報を相手に伝えます。

情報の等価交換
治療者とクライアントが交互に「伝え手」と「受け手」になります。

新情報の伝達
相手に見えないようにカードを持ち、相手が知らない情報を伝えます(ここが従来の「見れば分かる呼称課題」との決定的な違いです)。

自由な伝達手段
言葉が出なければ、ジェスチャー、描画、擬音など、あらゆる手段(マルチモダリティ)を使って構いません。

機能的フィードバック
「てにをは」を直すのではなく、「今のジェスチャーだと四角い物だとは分かったけど、箱かな?テレビかな?」と、内容についての自然な反応を返します。

小児領域では「バリアゲーム」

このPACEの仕組みは、発達支援の現場では「バリアゲーム(衝立遊び)」として応用されています。

成人の場合
言葉が出にくい部分を「代償手段(ジェスチャー等)」で補う訓練になります。

小児の場合
「自分に見えている情報は、相手には見えていない」という「視点取得(心の理論)」を育てる訓練になります。

環境へのアプローチ:パートナー・トレーニング

〜周りが変われば、会話はつながる〜

当事者の能力だけでなく、「話し相手(環境)」が変わることでコミュニケーションを成立させるアプローチです。

【成人】SCA(Supported Conversation for Adults with Aphasia)

カナダのAphasia Instituteが提唱する手法です。「会話の支援」を通して、言葉を話すことを苦手とする失語症者などの持つ本来の能力(Competence)を引き出します。

Scknowledge
「あなたの言いたいことを理解したい」という態度を示す。

Reveal
キーワードを書く、図を描く、選択肢を出すなどして、相手が答えやすいお膳立てをする。

■エビデンス
システマティックレビュー(Simmons-Mackie et al., 2010)において、パートナー訓練は失語症者の社会参加を有意に改善させることが示されています。

インリアル・アプローチ(INREAL)

インリアルアプローチ SOUL

子どもに対する大人の関わり方を調整するというもの。
基本姿勢である「SOUL」は、語用論的アプローチの土台と言えます。

■Silence(静まって見守る)

■bservation(よく観察する)

■Understanding(深く理解する)

■Listening(耳を傾ける) 大人が先回りして話さず、子どもの発信を待つことで、意図的なコミュニケーションの芽を育てます。

発話内容を豊かにする:RETと拡張

【成人】反応拡大法(RET: Response Elaboration Training)

Kearns(1985)によって開発された手法です。文法的な誤りを訂正せず、患者さんの発話をベースに情報を付加して返します。

・例
患者「……散歩」
ST「そうですね、天気が良いから公園へ散歩に行きますね」
・効果
心理的な負担が少なく、自発話の情報量(CIU: Correct Information Units)が増加しやすいとされています。

【小児】拡張(Expansion)と延長(Extension)

子どもの「わんわん」という言葉に対し、「そうだね、白いわんわんだね(拡張)」「わんわん、走ってるね(延長)」と返す関わりです。
自然な会話の中でモデルを示すことで、語彙や構文の発達を促します。

文脈の理解と社会スキル

【成人】スクリプト・トレーニング

「喫茶店での注文」や「電話の応対」など、個人の生活に必要な特定の会話パターン(台本)を反復練習し、自動化を目指します。
練習したフレーズに関しては流暢性が向上し、実生活への般化効果も期待されています。

【小児】語用論的アプローチ

発達障害のお子さんの場合、暗黙の了解や文脈を読むことが苦手な場合があります。

コミック会話(Comic Strip Conversations)
棒人間や吹き出しを使って会話を可視化し、「この時、相手はどう思っていたか」「どう言えばよかったか」を視覚的に整理します。

SST(ソーシャルスキルトレーニング)
ロールプレイを通して、適切な振る舞いを練習します。


ビデオ・モデリング(Video Modeling)〜「見て学ぶ」視覚的強みを活かす〜
特にASDのお子さんや、高次脳機能障害の方など、言語的な説明よりも「見て真似る」方が得意な方に非常に有効な手法です。 米国のNPDC(National Professional Development Center on ASD)に認定されたエビデンスに基づく実践(EBP)の一つです。
・他者モデリング
他人が適切に振る舞っている動画を見る。
自己モデリング(Video Self-Modeling
本人が(サポートを受けながら)上手くできた場面だけを編集した動画を見る。「自分はできる」という自己効力感を高める効果が高いです。

5段階表(The Incredible 5-Point Scale)〜「声の大きさ」や「感情」を数値化して共有する〜
BuronとCurtisによって開発された、抽象的な概念を1〜5の数字(と色やイラスト)で可視化するツールです。
メリット
「静かにして!」「大げさだよ!」といった曖昧な注意ではなく、共通の尺度で客観的にフィードバックできます。
・声の大きさ(語用論的活用)
「今は図書館だから『1(ささやき声)』だね」「発表だから『4』で話そう」と、場面に応じた声のトーンを調整する練習に使います。
・問題の大きさ(語用論的活用)
「消しゴムを落としたのは『1(小さな問題)』だね。大騒ぎする『5』の反応じゃなくていいよ」と、状況と反応のバランス(語用論的適切さ)を教えます。

ピア・メディエーション(Peer-Mediated Instruction and Intervention: PMII)〜「お友達」を先生にする〜
大人が教えるのではなく、クラスメートや同年代の定型発達児(ピア)を「支援者」として活用する手法です。
効果
実際の子供同士の自然な文脈の中でスキルを使えるため、セラピールーム(訓練室)から日常生活への「般化」が最も期待できる手法の一つです。
方法
仲の良いお友達に「〇〇くんが話しかけてきたら、最後まで聞いてあげてね」「遊びに誘う時はこう言ってあげて」と事前にレクチャーしておきます。

隠れたカリキュラム(The Hidden Curriculum)の指導〜「空気」を言語化して教える〜
Brenda Smith Mylesらが提唱。
「明文化されていないけれど、誰もが暗黙のうちに守っているルール」をあえて言語化して教えるアプローチです。
・方法
「ワンポイント・レッスン」として、一日一つ、こうした「暗黙のルール」をクイズ形式などで確認します。
ソーシャルストーリーやコミック会話と組み合わせて使うことが多い概念です。
・内容
「先生が誰かと話している時は、割り込んで話しかけない」
「つまらないプレゼントをもらっても、『いらない』とは言わない」
「エレベーターでは知らない人と話さない」

バリアゲームやこれらは、まさに「語用論(文脈に応じた適切な言語使用)」への直接的なアプローチです。

まとめ

実用的・語用論的アプローチに共通するのは、「言語(Language)」そのものより、「コミュニケーション(Communication)」を重視するという視点です。

「正しく言わせる」ことから一歩離れて、「どうすれば伝わるか」をクライアントと共に考える。

そのプロセスこそが、生きたコミュニケーションの回復につながるのではないでしょうか。

-支援者向け
-